家の中でも特にキッチンには、暮らす人の趣向、工夫、
そして物語がつまっているように思います。
使いやすいようにどんな工夫をしているの?
どんなふうに過ごして、どんなごはんを食べているの?
いろいろなキッチンをリレー形式でめぐり、
暮らす人の「作って食べる」に隠れた物語をうかがいます。
キッチンリレーVol.1で、福田春美さんが「日本じゃないような空気が流れているの。あの空間は憧れます」と紹介してくれたのは、目黒でアンティーク家具店を営む栗又貴美さんでした。
vol.2 栗又貴美さん(ジーペンクォーデザイナー)
建築50年のヴィンテージマンションの1階を改装して暮らす。壁を剥がしはじめたところ、「絵画みたいできれいだったからそのままにしています」。この美意識と力の抜け加減のバランスが栗又さんらしい。
“西洋から見た日本”。独特な空気が流れるキッチン
今回、おとずれたのは目黒碑文谷にある家具店「jipenquo」(ジーペンクォ)。
日本を中心とした古い家具、道具を扱い、店舗や住宅の内装デザインも手がける店ですが、「KOUSEI WERKSTATT」(コウセイ ヴィアクシュタット)といったほうがピンとくる方が多いかもしれません。
「ちょっと前に店名を変えたんです。Jipenquoは、ヨーロッパに伝わったジパングの元になった発音を単語でしたものです」
と、栗又貴美さん。
西洋から見た日本。そんなキーワードは、栗又さん宅のキッチンにも見え隠れしています。
窓辺には天へと伸びる姿がきれいな植物ばかりを選んで。
今の家の形は、意図せずしてできたもの
夫の崇信さんとふたりでアンティークの家具店をはじめたのが10年前。
店舗と住居を兼ねられる場所を探していて、見つけたのが1964年竣工の集合住宅の1階でした。
「この部屋は以前、設計事務所や専門学校が入っていたんです。普通の事務所仕様の内装でしたし、きれいでもなかった。自分たちで改装をしたんです。今でこそリノベーションの仕事をしていますが、当時はまだ実績もないから試行錯誤で(笑)」
フロアの半分は店舗と工房、もう半分は自宅に。スペースが限られるため、自宅としてもうける部屋はキッチンとバスルームに大きな比重を置いて進めたそう。
それにしても、日本の住宅の常識をぽんと飛び越えていてかっこいいキッチン。ジャンクな空間に東洋のエッセンスがあり、とうてい真似できないような空間ですが、お話を聞くと偶然の産物だそう。
誰もが目を奪われる印象的なキッチンの壁は、「壁を塗ろうと途中まではがしたら、その様子が絵画みたいできれいで。このままにしようよ、って、そのまま棚もつけちゃった」。ガスコンロが一体化された大きなテーブルは、「急に大勢遊びに来て料理してくれるっていうから、慌てて1日で作っただけなの。材料はヒノキでいいものを使ったんだけど、もう少しなんとかしたい。でも、もう長く使っているし、これでもいいかな」
……なんという力の抜け具合! デザイナーとしてこうしたいという意図や美意識はあるけれど、頑なではなく臨機応変。こうした自由さが、家に流れる独特な空気の理由なのでしょう。
テーブルの中央に置かれた頻繁に使う器たち。日本食に良く映える、中国や日本の古いものが多い。
シュンシュンと湯気をたてるせいろ。ガスコンロをよく見ると円形の4つ口。
自作の棚は、栗又家に必要なものがパーフェクトに収納され、生活感がありながらも洗練されている。
家族4人の食べて眠る生活の場所
小学生ふたりの母でもある栗又さん。夕方には夫婦ふたりとも仕事を切り上げて子供の宿題を見ながら料理をし、6時には家族4人で食卓を囲みます。
「4人で座るというより、私は立って料理をしながら。だから椅子は小さい丸イス(笑)」
大皿から取り分けるのではなく、ひとりずつ席の前に置かれた漆のお盆に、小皿に盛られたおかずが何品も並びます。
「盛り付けるのが好きなんですよね」
食事の後は、食卓で話をしながらゆっくり過ごし、そのまま子供達と早く寝て、忙しいときは夜中に起きてまた仕事をするとか。撮影スタジオとしても使われるようなかっこいいキッチンですが、家族の胃袋を守るあたたかな場所としてちゃんとその役目を果たしているところが素敵です。
しかし、最近小5の長男君に異変が…。
「こんな家、いやだというようになったの。お友達のおうちをみてなんかうちと違うぞ、と(笑)」
ちゃんとした手順を知りたい、と料理本は、正統派な家庭料理のみ参考にする。そのうえで、手順を簡単にするのは自分で考えたい、と栗又さん。
象の鼻の形をしたフックには、お嬢さんのお出かけ用の小さなバッグ。スパンコール、ビーズがあしらわれクラシカルでかわいい。「骨董市で買いました」
テーブルにはお子さんによる落書きが!!「全然、気にしないの」
古いものでも、キッチンで十分使えます
磁器の重箱はタッパー代わりに
惣菜を作り置きして重箱に。「重ねて冷蔵庫で場所をとらないし、そのままテーブルに出せる。とても便利でしょう」。
中国清朝の椅子が特等席
食卓で栗又さん夫妻が座るのは、中国清朝時代に作られた椅子。「100年はたっていると思うんだけど、作り方が頑丈できしみすらしない。座った感じもいいですよ」(崇信さん)
製茶問屋の茶壺を米びつに
小さな椅子くらいの大きさがあり、かなりの存在感を放つ茶壺。ふたをあけると、なんと米が。底まで入っていると思いきや、口の部分に小さな筒がはめてあり、米びつとしてちょうどいいサイズ感。でも、ちょっと驚きました!
私の勝負めし「中華ちまき」
よく人が遊びにくるという栗又家。20人以上大人も子供も集まって、キッチンテーブルの周囲は角打ち状態。夫婦そろって和食好きなため、勝負めしも季節の食材を取り入れたちまき。時間に余裕があるときは竹の皮でつつみせいろで蒸し、人数が多い場合は炊飯器で炊き上げます。
作り方メモ
「干し椎茸と餅米は水に付けておきます。餅米は半日ほどでしょうか。
豚バラ、人参、タケノ、うずら、干しえびなど具材は好きなものをいれてください。具材は1センチより小さめに切ります。飾りたいものはそのままの形で。
具材を油で炒めたら、紹興酒、砂糖、オイスターソース、醤油、干し椎茸の出汁、中華用出汁で炒め煮し、さらに水をよく切った餅米を加え水分が無くなるまで炒めます。その時に八角を入れると香りよくし上がります。炒め終わったら出してくださいね。水分がなくなったら竹の革に包み蒸篭で20分ほど蒸してきであがりです」
栗又さんにとってキッチンとは?
「いつもいる場所。家族の場所。私たちの自宅のキッチンを見て、家を改装してほしいという最初のお願いをいただいたんです。そういう意味では、はじまりの場所でもあるのかな」
写真/永田智恵
取材 文/高橋紡