家の中でも特にキッチンには、暮らす人の趣向、工夫、そして物語がつまっているように思います。
使いやすいようにどんな工夫をしているの?
どんなふうに過ごして、どんなごはんを食べているの?
いろいろなキッチンをリレー形式でめぐり、暮らす人の「作って食べる」に隠れた物語をうかがいます。
スタイリストの竹内万貴さんからは、森下富美子さんを紹介していただきました。森下さんは、台東区で「フーコ」という服と小物の店を営んでいます。
フーコとは、森下さんのあだ名。富美子さんだから、フーコ。
お店のホームページ(http://fu-koshop.com)をのぞくと現れるのは、ミニチュアで再現されたフーコの店内。
しばらく見ていると、森下さんの全身写真をざくざくきりぬいて作った小さな人形が出てきます。その動きといい、デザインといい、少し、いや、だいぶユーモアがある感じ。店から自転車で15分ほど、というご自宅は、いったいどんな空間なのでしょう?
A. 住まうのは東京都内の下町にある、4階建てのマンション。階段なし物件で毎日がいい運動。キッチンは小さいながらも日当りがよく、料理に没頭できる空間。
B. C. キッチンの壁面を飾るのは、好きなポストカードと長野と群馬の県境にまたがる熊野皇大神社のお札。「日本太一」の文字と神話に出てくる八咫烏(やたがらす)のモチーフがかわいらしい。
D. そうじは、ほうきとちりとりで。ちりとりは、「はりみ」といって和紙に柿渋を塗った昔ながらの方法で作られたもの。
「フーコ」を始める前は、栃木・益子の人気店「スターネット」東京店の店長をつとめていた森下さん。ご本人のやわらかな雰囲気と個性ある着こなしも評判で、雑誌やWEBサイトにもおしゃれさんとしてたびたび登場しています。そんな森下さんが、もともとはアパレルメーカーに勤務していたことはあまり知られていません。
「今の私がやっていることを見ると、すごく意外に思われるんですけど」と笑いながら、会社員時代を振り返ってくれました。
いくつもブランドを抱える大きな会社に、新卒で入社。
販促部に所属し、毎シーズンの流行を生み出す仕事にのめり込み、深夜帰宅の毎日だったとか。モーレツ労働を10年以上こなし、気がつけば34歳。
「社会の常識やお金のこと、目標を作り管理すること。しっかりと学ばせてもらいました。でも、冬のものを夏に仕込み、短いサイクルでどんどんものが入れ替わるファッションの世界。身も心もそのスピードについていけなくなってしまったんですね」
34歳といえば、転職も考えるころ。お給料や職務内容に不満はないけれど、もっと暮らしにまつわることをじっくりやりたい、そんなことを考えていたとき、ふと書店で目にした雑誌の表紙に衝撃を受けたといいます。
「家を特集した雑誌だったんですけど。益子のスターネットのディレクター星 恵美子さんの家の写真が表紙で。古い小屋で素敵に住まれていてこんな素敵な暮らしをしている人がいるんだなぁ、ここで働きたいと思ったんです」
E. 大切にしている食器は寝室に置いているため、キッチンに置いたスチールラックにはいつも使う愛用の器と道具を収納。
F. 冷蔵庫は、キッチンに合わせてコンパクトサイズに。
G. シンク横には、カッティングボード、落としぶた、菜箸類を。
H. ふと見上げると、手作りするというパンのレシピが。
I. おひつ、蒸し器などは風通しがいい場所に。愛用している調理道具は、日本の手仕事のものが多い。
その雑誌がきっかけで、こんな暮らし方、働き方があるんだ!と目の前がぱあっと開けた、と森下さん。すぐにスタッフとして採用され、東京から栃木県は益子へと移住します。
憬れのお店で働けるとはいえ、移住となると勇気がいったのでは?
「益子がどこにあるか今ひとつピンときていないまま、勢いで引っ越ししたんです。感覚的には、東京から神奈川に引っ越すくらいの気持ちでした(笑)」
しばらくは、益子店のスタッフとしてスターネットに勤務。東京店ができて、店長としてまた東京に帰ってきたときに、選んだのが今の家でした。
「お店が千代田区の東神田にあったことと、東東京の雰囲気が好きで墨田区とか台東区とか、下町といわれるところで家探しをしました」
J. 梅をつけて梅酒を作ったり、ぬか床の世話をしたり。季節ごとの食の楽しみも、忙しい会社員時代にしたかったことのひとつ。今では、毎年必ずする約束ごとになった。
K. 壁付けの電話はインターフォンではなく、昔、固定電話ですら一般的ではなかったとき、大家さんから内線で取り次いでもらうという昭和を感じるシステムの名残!
L. 「カラフルで少しキッチュなものが好き」という森下さんらしい、あざやかなニットのスリッパ。
見つけたのは築40年の味わいのあるビル。4階までエレベーターなしは少しこたえるけれど、2Kにルーフバルコニー付きという広さ、古びた壁の質感やベージュの扉の色など内装が気に入り、入居を決めました。
仕事が忙しいうえ、一人暮らしで凝った料理はしないし、作り置きもあまりしないという森下さん。「毎日簡単なものをささっと食べてすませています」といいますが、朝起きてすぐにスコーンを焼くというから実はお料理好きなよう。
「買いに行くのが面倒なんです。パンケーキやスコーンは自分で焼いた方が早い。混ぜて焼くだけだから簡単なんです」
キッチンに立つ時間は、いい気分転換。仕事に関してなにかあると考え込んでしまう性格だから、手をひたすら動かすことで、固まってしまっていた心がゆっくり動き出すことがあるとか。
「同じ理由で手芸も好きなんです。目の前のことに没頭できるのがいいんですね」
暮らしの道具の目利きである森下さんの愛用道具は、後編で。
後編へ
取材・文 高橋 紡
写真 萬田康文
▼これまでのキッチンリレーはこちらから
・Vol.1 福田春美さん(ブランディングディレクター)
・Vol.2 栗又貴美さん(「ジーペンクォー」デザイナー)
・Vol.3 白尾可奈子さん(イラストレーター)
・vol.4 カワナカユカリさん(イラストレーター)
・vol.5 シラス・ヴィダールさん(エディトリアルデザイナー)
・vol.6 森清美さん(服飾作家)
・vol.7 西野優さん(ピリカタント主催)
・vol.8 おおたはらみほこさん(スペシャルティコーヒー店経営)
・vol.9 滝口和代さん(ネストローブプレス)
・vol.10 岡本典子さん(花生師)
・vol.11 良原リエさん(音楽家)
・vol.12 たかはしてるみさん(八百屋「warmerwarmer」)
・vol.13 北川桂さん(「北川ベーカリー」主宰)
・vol.14 瀬戸口しおりさん(料理家)
・vol.15 竹内万貴さん(スタイリスト)前編